今回は2016年に芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの「コンビニ人間」をテーマにしてみました。作中の主人公、普通に見れば常軌を逸した感じではありますが、内向型人間の私からすると、共感、納得できる部分が数多くありました😅
「普通とは何か?」
私も昔から考え続けていたので、本に書いてあることが、自分の感じていたことを代弁してくれているようで嬉しかったです🥹
共感した言葉
本の中から私がこれだ、と思ったものを引用させていただきます。
母も父も私も心配した。私は「治らなくては」と思いながら、どんどん大人になっていった。
早くコンビニに行きたいな、と思った。コンビニでは、働くメンバーの一員であることが何よりも大切にされていて、こんなに複雑ではない。性別も年齢も国籍も関係なく、同じ制服を身に付ければ全員が「店員」という均等な存在だ。
朝になれば、また私は店員になり、世界の歯車になれる。そのことだけが、私を正常な人間にしているのだった。
なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通の就職先ではだめなのか、私にもわからなかった。ただ、完璧なマニュアルがあって、「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか、やはりさっぱりわからないままなのだった。
人生終了だよな。だめだ、ありゃ。社会のお荷物だよ。人間はさー、仕事か、家庭か、どちらかで社会に所属するのが義務なんだよ。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。
僕に言われせれば、ここは機能不全世界なんだ。世界が不完全なせいで、僕は不当な扱いを受けている。この世界は異物を認めない。僕はずっとそれに苦しんできたんた。
この世界は縄文時代と変わってないんですよ。ムラのためにならない人間は削除されていく。
生き方の多様性だなんだと綺麗ごとをほざいているわりに、結局縄文時代から何も変わっていない。
コンビニに居続けるには「店員」になるしかないですよね。それは簡単なことです、制服を着てマニュアル通りに振る舞うこと。世界が縄文だというなら、縄文の中でもそうです。普通の人間という皮をかぶって、そのマニュアル通りに振る舞えばムラを追い出されることも、邪魔者扱いされることもない。
皆が不思議がる部分を、自分の人生から消去していく。それが治るということなのかもしれない。
コンビニは、日本社会の縮図?
私が引用した文章、いかがだったでしょうか?
おそらく内向型・外交型という視点からだけでなく、日本社会に窮屈さ、生き辛さを感じている人それぞれの視点で見ても、共感できる部分は多いのではないかと思っています。
この小説の主人公は、「社会で異物扱いされる存在」です。学校でも、家庭でも。しかしコンビニの中では、マニュアル通りに振る舞うことで、普通として扱われ、社会に受け入れられる存在になることができる。コンビニが、周りの目を気にすることなく自信を持って自分でいられる、唯一の居場所になっています。
日本社会は「同調圧力が強い」とよく言われますね。社会を維持する上ではある程度は必要なものなので、どこの国でもあるとは思いますが、集団主義のアジア、その中でも和を尊ぶ日本はより度合いが強いような気がします(私が今まで経験した限りでは・・・)空気を読み、場を乱さず、「皆と同じ普通であること」が重視される社会。「出る杭は打たれる」「赤信号みんなで渡れば怖くない」などの慣用句、「村八分」「干される」などの言葉もたくさんありますね。
そんな「縄文時代から根っこは変わらないムラ社会」である現代の日本を、小説では「コンビニ」という一つの空間に集約、象徴させているのだと思います(日本に限らずですが、実際に人間の脳みその構造は、縄文時代の数万年以上前から変わっていないという説もあります。脳が変わってないので、根っこが同じなのはまぁ仕方ないか・・・)
同調圧力の功罪
ただ単純に同調圧力=悪としてしまうのは、ちょっと強引過ぎる気もしますね。同調圧力が全くないと、皆が勝手な行動を取って社会が混乱してしまうと思うので。社会の秩序維持は、法律の役割かもしれませんが、それでも限度があります。例えば、「行列には割り込まず最後尾にそっと並ぶこと」「自分が出したゴミは自分で持ち帰ること」なんて法律に書けませんよね😅
また同調圧力、それによって生まれるチームワークによって、日本は戦後目覚ましい発展を遂げました。現代でも「空気を読む」日本人ならでの相手への気遣い、細やかさなどから、世界に誇れるサービス、製品、サブカルチャーなどが生まれているような気がします。
なのでやっぱりバランス、中身が大事なんだと思います。なんでもかんでもみんなと同じではなく、時と場合によって同調するかしないかを選択し、何に対してどれくらい同調するかも考える。特に仕事とか、結婚とか、その人の生き方に関わることは、本人が自分の考えで決めたことを尊重し、周りがとやかく言うべきではないですね。チームワークについても、みんなが同じ考えで、得意なこと・苦手なことも同じだったら、チームである必要があまりないですよね。個性が異なるメンバーがそれぞれの持ち味を出すからこそ、意味があるんだと🤔
「私は生む」ではなく「私は生まれる」
ここまで個人と社会に対する私の考え方を話してきました。人それぞれの考え方があり、地域や国によっても大きく異なるでしょう。ある部分は自分にとってすごく良いけど、この部分は残念、と思う部分が、それぞれにきっとあるはずです。ただ社会は個人の集合体なので、ある特定の個人の考えが優先されるということはなく、その社会の多数派の考えが優先される。自分に完全に合う社会は残念ながら存在しません。
そして誰も生まれる地域、国は選べない、全ては運次第という博打のような現実。「私は生まれる」という受け身の形から分かるように、自分の意志では決して選ぶことができません。自分の運命として、生まれた国と折り合いをつけながらやっていくしかないのです。
大人になって世界について勉強したり、旅行したりして色んな国があるんだな、と発見があります。「隣の芝生は青く見える」のことわざにあるような、他の国への憧れも募ってくることもあります。ただ実際に住んでみたら、やっぱり自分の生まれた国がいいんだろうな、と想像することもあります。私もなんだかんだと言っていますが、やっぱりこの日本が好きです。
コンビニの歴史

アメリカのコンビニ
ガソリンスタンド併設型が多いみたいです。日本だとまずないですよね🙄
少し話が変わりますが、最後にコンビニの歴史も簡単に紹介したいと思います。この小説の核となる「日本のコンビニ」について理解することで、小説がより味わい深いものになるかなと思いました~
1927年
アメリカ、テキサス州の氷販売会社「サウスランド・アイス」が始まり。
氷を買いに来る顧客の利便性向上のため、牛乳やパンも販売。
1946年
「朝7時から夜11時まで営業」にちなんで、「7-Eleven」に改名。
(当時としては非常に長時間営業で話題に)
1974年
日本初のセブンイレブンが、東京の豊洲に開店。
アメリカのノウハウをもとに、イトーヨーカ堂がフランチャイズ導入。
ほぼ同じ時期に「ローソン」や「ファミリーマート」も登場。
以降、日本独自の進化を遂げ、日本人にとってなくてはならない存在に
・ 店員の動きや言葉づかいも含めてマニュアル化し、接客品質の徹底
・ 営業時間を延長し、24時間営業へ
・ 弁当や生鮮食品など、アメリカにはない商品も扱う
・ 公共料金の支払い、宅配への対応など「ライフライン」としての役割も担う
・ IT(POSレジ)と物流の高度化により、よりきめ細かいサービスが可能となる
2005年
セブン-イレブンを運営する日本企業「セブン&アイ・ホールディングス」が、
経営不振に喘ぐアメリカの7-Elevenを買収して子会社化した。
コンビニ発祥の国、親とも言うべきアメリカのコンビニを、子である日本が救った形。
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以上です。今は日本のコンビニも、経営の苦境がニュースで報じられていますが、今後も日本社会に溶け込み、相棒のような身近な存在として、私達のそばに居ることでしょう~






