4色の友達と無色の自分 ~ 「自分には何もない」と思った時に読む物語

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

でも僕には自身が持てないんだ。僕にはたぶん自分というものがないからだよ。これという個性もなければ、鮮やかな色彩もない。こちらから差し出せるものを何ひとつ持ち合わせていない。[・・・] 僕はいつも自分を空っぽの容器みたいに感じてきた。

今回は私が好きな村上春樹の作品をご紹介します。

彼の作品の中では珍しくフィクション色が薄い
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

誰もが一度は自問したことがあるであろうテーマ
「自分とは?」「人間関係とは?」「人生とは?」

この思考過程を追体験するような作品です。

ストーリー

主人公の多崎つくるは36歳の男性。東京の鉄道会社で駅を設計する仕事に携わっている。子供の頃から鉄道の駅を眺めるのが好きで、今の仕事は天職のようなもの。独身だが、真剣に交際する恋人もいて、今の生活に特に不満はない。ただ学生時代に受けた心の傷が完全に癒えずに、どこか空虚な毎日を過ごしている。

高校時代、つくるは男女4人の親友がいた。
アカ(赤松 慶)、アオ(青海 悦夫)、クロ(黒埜 恵理)、シロ(白根 柚木)
偶然にも名前に“色”を持つ彼らと、つくるを含めた5人は、単なる仲が良いを超えて、1つの共同体のように強く結ばれていた。時に自分だけ“色”が無いことをからかわれながら。

大学進学の時、つくるは東京の大学へ行き、他の4人は地元の名古屋に留まった。場所は多少離れても、これからも5人の関係は変わらない。そう思っていたある日、つくるは突然4人から絶好を告げられる。理由も分からずに仲間から切り捨てられて絶望したつくるは、自殺も考えるほど精神的に追い詰められた。死のぎりぎりまで行ったが、どうにか踏みとどまる。

それから10年以上が経ち、成熟して大人になったつくる。付き合っている恋人とは結婚を考えていた。その恋人から「あなたの心には問題がある。どこかよそよそしくて距離を感じる。それが解消しないと結婚は難しい」と言われてしまった。最初は納得がいかないつくるだったが、その原因は親友であった4人との関係だと結論に至る。真相を探り、過去ともう一度向き合うため、旅に出ることを決意した ―――

36歳という年齢の意味

私は40代ですが、つくるは36歳。タイトルに「彼の巡礼の年」とありますが、この36歳という年齢が物語上、とても重要な意味を含んでいるように感じます。人生の折り返しに差し掛かる40歳の手前、自分の場合を思い返しても、分岐点のような年齢だったかもしれません。

なぜなら、

  • 自分というもの(アイデンティティ)が確立する一歩前
    数十年以上の人生を歩んできて、自分の性格、能力、長所・短所がはっきり分かってくる。若い時は、気力に任せて乗り切ってきた。この先は? 例えば私の場合の内向型という性格。改善すべき短所と思って努力してきたが、この歳になってもなかなか上手く行かない・・・「もう少し頑張ってみるかな?」「もうこのまま付き合っていこうかな?」 開き直って自分を突き通すか、最後のあがきを見せるか、決断を迫られる。 
  • 仕事と家庭が安定する一歩前
    社会人になり自立してから10年以上経ち、仕事もそれなりのポジションで油が乗ってくる年齢。プライベートでも、結婚し家庭を持つ人が増える。ただ「今の仕事をこのまま一生続けていくのかな?」疑問が不意に頭をよぎる。家庭でも、結婚している場合「子供はどうする?二人のままでいい?」、結婚していない場合「独り身でこれからも気楽に過ごしたい。でも老後は・・・」 今後の身の振り方、タイムリミットが近づく。
  • 友人関係を考え始める
    学校を卒業して10年以上経ち、友人関係も少し変化し始める。社会人に成り立ての頃は、学生時代の延長のようにしょっちゅう会って遊んでいたけど、お互い仕事や家庭で忙しくなり、合う回数はめっきり減った。大人になって価値観も変わってきて、昔ほど話をしてても楽しくなくなってきた。「昔の友達、今の友達、これからどう付き合っていこうか?」今まで考えもしなかったようなことを、1人の時にふと考える。
  • 人生の意味を問い始める
    平均年齢を80歳だとしたら、もうすぐ半分。若い時は死ぬことはおろか、自分が老人になるなんて、まだまだ先のことだと思っていた。体力は少し落ちた気がするけど、それ以外は衰えなんて感じないし、まだまだ若い。ただ最近は1年が驚くほど早く過ぎていく。「果たして今の生活のままでいいんだろうか?」「自分の人生って何の意味があるんだろう?」 自分のこれまでの人生を振り返り、この先の将来に漠然とした疑問を持ち始める。

このように40歳の手前は、色々なことを考える年齢です。だから主人公のつくるが、「巡礼」として過去の整理を行ったタイミングが、自分はとても納得がいくんです。

あなたはどうでしょう。人生について考えたりすることありますか?

・・・なあ、こういうのって大いなるパラドックスだと思わないか? おれたちは人生の過程で真の自分を少しずつ発見していく。そして発見するほど自分を喪失していく。

なぜフィンランドだったのか

ところで、つくるが過去の真相を探るために最後にたどり着いた場所
フィンランド

finland-summer

この場所も物語に合っているなぁと感じます。

まず距離が遠い場所であること。日本からフィンランド、飛行機で10時間以上かかります。主人公が作中で過去を見つめ直す過程では、この物理的に遠い距離というのが必要条件のような気がします。これが国内や近隣のアジアで終わってしまうと、傷心旅行という程度で、“巡礼”という意味合いまでには届かない。

次にフィンランドが持つ国のイメージの色。北欧諸国に共通することではありますが、自然が豊かで、冬が長い国。そこからイメージする色としては、白だったり、青、緑だったり。清純で静謐、過去を洗い流して浄化するようなイメージが連想されて、“巡礼”にぴったりの国だと感じます。

最後にフィンランドは内向型が多い国。このブログを通して私は、各国の内向型事情を調べてきましたが、冬が長くて寒い地域は傾向として内向型が多いです(日本で言うと東北地方)主人公のつくるは明らかに内向型として描かれていますが、彼が“内省”する地として、フィンランドはうってつけです。

例えばこれがフィンランドではなく、同じヨーロッパのスペインだとしたらどうでしょう。イメージが大分違いますよね。

finland-winter

モチーフ曲

最後に、作中で度々登場する曲『ル・マル・デュ・ペイ』を紹介します。
この曲は、19世紀の偉大なピアニストであるフランツ・リストが、世間・社交界から距離を置き、自分を見つめ直すために、ヨーロッパ各地へ逃避行しながら作った曲と言われています。

ル・マル・デュ・ペイ、フランス語で『郷愁』。とても静かで物憂いな感じ、聴いていると切ない気持ちが込み上げてきます。ただ私が本を読んで受ける印象と見事に合っている。

たとえ君が空っぽの容器だったとしても、それでいいじゃない。[・・・] 自分自身が何であるかなんて、そんなこと本当には誰にもわかりはしない。それなら君は、どこまでも美しいかたちの入れ物になればいいんだ。

ABOUT US
おつう / O'tu
こんにちは。40代、ITエンジニア、既婚者です。

性格は自他ともに認める強めの内向型で、この年になってようやく、自分の性格と上手くやっていけるようになりました。

きっと同じ悩みを抱えている大勢の人たちが、私のような苦労をせずに、自分の持ち味に気付いてもらえたら。そのために私の経験が少しでも役に立てば。そんな想いでブログをやってます!